―――正面に在るのは、もう一人の私。鏡に映った私、私はその瞳を見てつぶやく――。

「大丈夫・・・・・私は大丈夫、平気、平気だから―――」

自分中の不安から逃げる為に、私は呟き続ける・・こぶしを強く握って、落ち着こうと   する
―――私の中の気持ち、あの人を助けたいと言う気持ちが焦り、募り、先走ってしまいそうで・・・・・・怖い。

何かが地に落ちた音がした。
   それは雪が枝から落ちた音―――

どさり、落ちたのはなんなんだろうか、

『――扉一枚のプライバシー』

平泉について、オレが見た望美は元の元気さ、いうなれば望美らしさを取り戻したように見えた・・少なくとも、表面上は。
目の前に立つ望美は笑顔を浮かべていて・・いつも。
そして―――戦のときは姫将軍『龍神の神子』春日望美として存在していたんだ。違う、そう在ろうとしているのかもしれない。
オレに背中を向けた瞬間に、望美の雰囲気はガラッと変わる。
まるで大切なものが抜け落ちてしまったように。

寂しげな背中だけが強く残る。

「・・・・・朝・・か」

日の光が雪に反射して分かる、冬の朝、身を切るような寒さが体を襲う。
その所為でぼんやりとしていた頭が一気に覚醒して――周りには誰もいないと知る。
きっと皆、暖を取るために、集まって炉辺でも囲んでいるのだろう。
部屋の端には申し訳とばかりに小さな火鉢が置いてある。あれではとてもじゃないが充分に暖まれない。

吐く息は白い・・・外に面した廊下は室内よりさらに寒く、充分に着込んだつもりであっても、思わず身震いしてしまう。

「・・さむっつ・・」

望美と朔ちゃんの部屋は、炉辺がある部屋に一番近い。
丁度その前を通ろうとしたとき、小さな呟き声が不意に耳に入り・・・いつもの癖で思わず立ち止まり、つい、聞き耳を立ててしまった。

それがいけなかったと気がつくのは後のことで
その小さな呟き声は、たまたま漏れてしまったこころの声。

「・・・・平気だよ。大丈夫・・・」

引き戸は少し開いていた。まるで覗いてくれと言わんばかりに、
気が引けつつも何故か其処から離れなくて、吸い寄せられる。目を奪われる。

「ぜったい・・・絶対に平気、私は弱くない。もう何回目・・?なのになんで救えない・・守れなくて、救えない・・そんなのイヤだよ。」

何かを握り締め、しゃがみこんでいる望美、その姿は小さく儚げに見えて――いつもの望美ではない。
龍神の神子ではない、只の悩んでいる女の子の姿で・・・

震えているように見えて―驚く。
その姿を見て、溢れ出た感情、どう表現すればいいのかが分からない。

「―――――熱い、なんで・・・・こんなに」

そして望美は一瞬手の平を広げる。
手の中には、遠目でも分かる。望美の瞳の色と同じ、宝珠。

――見たくなかった。
そんな思いが渦巻く。無駄に目の利く自分が、嫌いになる。

「・・熱くて、火傷しそうだよ・・・・・・景時さん・・」

痛ましいその姿。痛ましい望美、オレの知っている望美ではない姿、見たくない、聞きたくなかった――最後の呟き。

そのまま、何も見なかった、聞かなかったふりをして――立ち去る。それしか出来ない。
気の利いた言葉さえ、かけられない。
止まらない気持ちを抑えるだけで精一杯な自分。

「んで・・・なんでだよ・・・」



『・・さく?大丈夫?』

そう私に言う、望美の声が響く。
いつも私を励ましてくれる望美、けれどそんな私が望美の重荷になっている気がして
―私は、あの子の笑顔を見るたびに、辛くなる。

皆より少し遅れて炉辺に来たヒノエ殿の表情は何とも形容しがたかった
・・何かあったのかしら・・?それとも、長い道のり、つまった予定で疲れているだけなのかしら?
・・違うわ、戦が、長い戦がヒノエ殿をそんな表情にさせているのかもしれない。私の思いは巡る。



それは人の重荷になる、人の表情を暗くする。
その中の望美、明るい表情を絶やさない望美は――ある意味異質。

「―私、望美を迎えに行ってくるわね。ヒノエ殿もおきてきたことだし・・後は、望美だけよね?」

わざと、私は明るい声を立てて言う。
止まっていた場の雰囲気がそれで変化した。
・・・少しでも、暗い中に、戦の中に光があればいい・・、私は光に・・なれるかしら?

「そうだよ、朔」

白龍が短く答える。少し顔色が悪い白龍、
穢れの所為か・・そして、白龍のその声にそれぞれが反応する。

「・・じゃあ、いってくるわね。」

立ち上がると、上のほうの空気は暖かくて、まるで別世界。
私は少し衣服を整え、引き戸に手をかける。

「・・・・っ」

部屋の外は寒くて、けれど気分が改まり、どこか清澄さを感じさせる。
私はその綺麗な清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み
――共に勇気を手に入れる。

望美と、きちんと正面を向いて話す勇気を

 望美が私の力になってくれたように、私も望美の力になりたいと思うの――

「望美、入っていいかしら?」

そっと、戸の外から望美の名を呼ぶ。私の対の名を。

「うん・・良いよ。朔」

望美は答え、半開きになった戸をあけて、私を見る。まっすぐで、少しだけ赤くはれた瞳。
泣いていたに違いないわ――私は確信する。
冬の寒い風は、体の心を通る。寒さの所為か望美の肌の色は血の気がなく、外の雪のように白い。

「・・・平気・・じゃないわね。」

「平気!!私大丈夫だよ。・・・朔・・・私・・・・・」

「今は誰だって・・・・」

間を空けず、すばやく答える望美の声ははっきりとしていて―強い。
だけれども・・どこかに、何かをひきずって走っているように見えて・・痛そう。

「望美、」

私は口調を強めて言う。

「平気じゃない人なんていないわ、戦が続いて・・・今はみんな辛いの・・
言葉で、誤魔化そうとしないで、貴女の内だけに溜め込まないで――お願い。」

後半のほうの声は消え入りそうで、何とかいえたような状態。
――そう、こんな風に言う私も平泉についてからまともに寝れていない。怖くて、何かが恐ろしくて・・眠れない。

兄上のこと、母上のこと・・・
私はふと思う。兄上には守りたいものがあったのではないかと。それも沢山。
それらを守るための、選択。兄上は選んだんだ。

望美を、母上を・・・私を・・守る道を。

私は望美と共に道を歩む。

私が、自分の不安を述べることで、望美は自分の不安を吐露してくれるだろうか。

「望美・・?」

俯く望美の顔を覗き込む――ふぁり、梅花のやわらかい、優しい春の香りがした。
それは兄上が好きな香り、望美が兄上の為に作ろうとした・・・香り。

望美の手のひら。
強く望美が握るのは――

「兄上の・・・・・・・宝珠?」

「そう、だよ」

望美が力なく笑って言う。その微笑みは・・綺麗で、怖い。

「すごい熱いの・・・・やけどしそうに熱いの・・なんで・・気持ちを抑えようとすると・・熱いの。」

八葉と神子、宝珠と神子の間には絆がある。その絆は強くつながっていて、
望美を変える。
今見る、私の目の前に入る望美。
それは正直意外な姿、見たことのない。知らない姿。
目に涙をためているその表情。

其処から感じるのは、神気にも似たもの・・・・けれど、まったく違うもの。

望美は泣いてはいない――けれど、心が痛い、見ているほうさえ痛くなるような望美。
もう見ていたくは無い。そう思うの。

でも、そこから、その望美から目を逸らしてはいけない。

「望美、」

「ねぇ、朔、戦が終ったら、決着がついたら・・元のように戻れるのかな?
わたし――私怖い。もしかしたら、戦で景時さんと戦うかもしれない。明日、景時さんを打たなきゃいけないかも
・・・・・・・・・だって朔、それが戦でしょ??・・戦なんだよね・・?」

「考えすぎて・・・・・・・よく判らない。」

望美は私の瞳を強く見つめる。瞳には、私が映る。望美の瞳には――私が映る。

澄んだ碧色(みどりいろ)翠、兄上の瞳と似た色。
似た、強い光を放つ。

「一つだけ、私にもわかることがあるわ。」

「気持ちを、閉じ込めてはだめ、凍らせてはだめ
・・それはいけない事よ。手に届きそうならば、手を伸ばす。
それが貴女でしょ?・・私は望美の友達として、そんな貴女を応援するわ。」

私は、言って眼を閉じる。何故か痛くて、どこかが痛くて、胸が締め付けられるよう。
狭間に立っている私、どうしたらいいのかも分からない。

けれど、私は先に進む。道を進むわ。

暖かく、私を思いやる朔の言葉が私の中に吸い込まれて。
私の心はすっと 軽くなる。
でもきっと、目の前の朔は私より何倍も辛いに違いない。
目を見れば判る。

手のひらに乗った宝珠は本当は私が持っていてはいけない。
鈍く輝いている、私を連れて行きそうになる。
景時さんの元に戻りたい――という宝珠の意思に私は囚われてしまいそうになる。

だから私はこの宝珠を強く握って、向き合う。

そして戦場では、宝珠の代わりに太刀を握って、私は戦う。
血にまみれて、生き残ってみせる。

あなたに会うため。

「朔、私は、私であり続けようと思うの。」

自然と、朔の手が宝珠へと伸びる。
朔と一緒に強く宝珠を握って、私は想う。

 『だから・・・・彼方も貴方らしくいて』

―――戦は始まる。
時空を超えられても、時は止まらず歩み続ける。
待ってはくれない、決して。

END

後書

ぶっちゃけホント良く判らない物が出来上がって私も困惑気味です。
しかも今まで書いた2次創作の中で一番長い・・・。
一応景時を思う望美ちゃんが主体になって、
望美←ヒノエ
と言った感じ。
で、今ヒノエって打った瞬間にヒノエでのアラームが鳴ってびびったーーー。
私的にはヒノエと朔ちゃんをくっつけたい。
と思ったんですがそこは自粛しました。
でもそのうちやりたい。

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